【昭和3年生一期一会】台湾龍山寺で過ごした4泊5日の旅

神社仏閣

今回は、2015年に台湾の旅で母の療養と、健康祈願を兼ねて龍山寺に行った旅で、学んだ健康法と、その長生きの秘訣を纏めてみました。

龍山寺の香り

龍山寺の周りを取り囲むかのように、花売りがいるます、昭和の30年時代の白黒映像で見たシーンを思い出しました。

今回は、映像で感じる事が出来なかった大湾の街並みの香り、何処からか漂う、花の香りと、グリーンティ、お香の香りを味わう事ができました。

台湾の街に漂うお香の香りは、植物・木を使ったシンプルな伝統線香です。

台湾でお香を作る老舗お香屋さんに伺う事が出来たのですが、台湾のお香はとても長いお香で、煙を大切にしているとの事でした。

言うなれば、街に漂う香りは、自然の香りが主体で、蘭の花や、ジャスミン等の贅沢なまでの、花と果物の香りで彩り、街中は可能な限り、自然と人、動物が共存しいて、自然体、とても新鮮でした。

お寺に集い毎日祈る習慣

顔なじみになったお茶屋さんに教えて貰った、街の中心街に位置するが所に龍山寺と言う、お寺があります。

そこは、朝・夕と、祈りに行きますが、その祈る場所まで、決まっているとの事でした。

観光客も自由に拝観できるとの事でしたので、私達も安心して祈る事が出来ました。

共に祈る

時刻に集まって来られた方々は、年齢性差関係なく、本を片手にお坊さんと一緒にお経を詠んでいらっしゃいました。

家で一人、孤独に過ごす夜より心のよりどころがある、その習慣は微笑ましく、嬉しかったです。

お茶さんの話しによりますと、お寺では、ボランティアの方々が、随時巡回していて、観光客であっても、色々教えてくれるとの事でした。

そのもてなしの早い事!!当時は観光客と思われる人だかりで、とても助かりました。

共に祈ると言う事は、地域を超えて交流が出来る、凄い力だと思いました。

圓山大飯店(ホテル)

圓山大飯店は1952年に建設されました。

私達が宿泊したホテルは、台湾の中心街にも便利な、圓山大飯店、街の北側の丘に立ち広大な敷地を有する老舗のホテルです。

その、敷地内にはお寺があり、朝市も行われていて、ホテル敷地内で台湾の人々の日常を体感することが出来ます。

それは、圓山の中腹に位置し、自然を利用し建てられていて、緑と花々の香りに囲まれた、圓山大飯店の後方は陽明山、東は松山、西は淡水が一望できます。

一方で、中宮殿様式の本館は、赤い柱と金の瓦の堂々たる優雅な外観で、芸術的なオリエンタル感が、台湾の歴史の華やかさが目を引きます。
広い敷地内には、お寺など、そのまま残っており、自由に拝観出来ます。
ホテル敷地内で、山遊歩道があり、お子様ずれは、忍者ごっこも出来てそうな空間です。
歴史好きで、高齢者の母は、ホテル敷地内でも、時間を持て余す事は無かったです。
上記の写真は一階のロビーです。
写真正面は、玄関でカフェや、お土産品のお店が両側にならんでいます。

朝の豪華バイキング

朝はバイキングで、世界中の料理を楽しめました…飲茶や、シェフがその場で付くつてくれる朝粥、ヌードル、洋風はホットケーキ、ワッフル、その場で次々と、焼いてもらいました。

日本食コーナーのお寿司や、お蕎麦も美味しく頂けました。

ホテルの朝食で、世界中の食文化をゆっくりと味わうことができました。

圓山大飯店は、北京市の高知にあり、昼は台北の、緑と蘭やジャスミンの風香り、お香や、ほのかに漂うアロマの香りが漂い、食事や、ラウンジに訪れる人々も居て、活気に満ちています。
夜は夏でも、緑豊かな少し冷感を感じる夜風と、爽やかな緑の風、夜景は自然豊かな緑を、華やかな街のネオンがスポットライトとなり、美しい夜景が一望できます。
現代の雅と、自然が絶妙に交差する空間で、時間を忘れ、つい、朝寝坊してしまいました…

演歌を聞くタクシーの運転手さん

タクシーに乗れば運転手さんは、日本語で話しかけてくれました。

母と顔を見合わせ、つい、運転手さんを巻き込み笑った事があります。

それは、タクシー乗った瞬間、何処からか?演歌であろう懐かしのメロディーが聞こえて来ました。

そうです、日本の演歌が台湾語で流れていまして、驚きと同時に、外国とは思えない程、台湾が身近に感じました。

朝市

朝市も店頭に座り、店番をしているおばあさん達は、流暢な日本語で、商品の説明をしてくれます。

この野菜は肌に良いよ、このピーナツは便を柔らかくするよ、等々、食材一つ一つ、体調に合わせて食べることを、教えてくれました。

朝市も良いのですが、夜市は更に華やかで、つい立ち食いを沢山してしまいました。

夜市に出店している店主も、お隣さんの弁当を購入したり、食堂から頼んだりと、商い店頭傍ら、座って食べている屈託のない、その様子がとても新鮮でした。

なんとなく、沖縄の公設市場(市民の市場)を歩いている感じがしまして、外国の旅を忘れて、安心した旅が出来ました。

上記の写真は、有機栽培のゴマを目の前で、ペェーストにして販売しています、賞味期限は一年で私まとめ買いしました。

台湾の朝市養生食

三枚肉の煮付けかと思いましたら、何と、大根や、こんにゃくをお肉に見立てて、作った料理でした。日本で言う、普茶料理でしょうか…

下記の写真から料理を選びます。

台湾を彩るお茶屋さん

台湾のお茶屋さんに入ると、各家に伝わる、お茶の歴史から、収穫、効能までゆっくりと無料で老舗店主に、お茶の種類、お茶の飲みかた等、説明して頂けますので、自分に合ったお茶が、購入出来ました。

また、茶の栽培方法も教えて貰え、高山であればある程、害虫も無く、美味しいお茶に育つ…とのことでした…

嬉しいのは、おつまみ、無料で、お茶や、自家製のお菓子のおつまみを食べながらお茶の入れ方が学べます。

一日では時間が足りないくて…帰る前日も足を運びました。

歴史が好きで、お茶が好きな母は、台湾と日本の歴史に時間を忘れるほど、熱心に耳を傾けていました。

お菓子も、食材を生かした自然野菜や、ナッツ類が豊富で、思考を凝らした、お茶と、お口汚しのおつまみはつい食べ過ぎてしまいましたが、夕食には、差し支えありませんでした。

店主の話によると、お茶の種類で胃腸を整えてくれる作用のあるものも、あるそうです、奥深いですね。

自然の力は、アンチエイチング(不老長寿)の健康法と肌でかんじました。

上記の写真は母が、台湾に訪れる時には必ず立ち寄っていた老舗お茶さんで、日本に住んでいたことがある店主で、日本風土を良くご存じで、日本人に合ったお茶を選び、飲みかたを、紹介してくれます。

母と、顔なじみになった店主との挨拶は、「お互いに、好きな事が出来ている、私は家族と台湾にお茶を買いに来れ、お店は店主が元気で繁栄出来ている。」と…

お茶のご縁で、国を超えて、ささやかな交流が出来る素敵な旅です。

漢方が気軽に買える

話は戻り、母、お気に入りの漢方やさんへ…

私達は、台湾中心街にある、食品問屋街に向かいました。

漢方は食品ととらえて、人々の身近にある事も大変驚きました、その問屋街で、漢方専門店が迷うほど連なって営んでいます。

市場もそうですが、漢方薬局は、ほとんど、日本語が通じるお店が多くて、筆談で会話がスムーズに通じました。

例えば、寝不足で、頭痛が出たときに、漢方に立ち寄り頭痛の症状を伝えた所、文字で「頭痛」と薬局の方の確認方法は、文字で聞いてきました。

舌診(舌を見せるように言われて)見せた所、頭痛…睡眠…?便通は、と問診確認して、その症状を改善する漢方市販の漢方薬を教えて貰くれました。

イメージとしては、日本の薬局で販売されている、ツムラの漢方薬と同じ感じですが、価格がとても入手し安くて、助かりました。

また、歩きすぎて、足が痛くなり、貼り薬と書きましたら、漢方薬で出来た湿布薬を処方してもらえました。

その日は、お陰さまで良く眠れて、頭痛も改善しましたので、帰る前に薬局にも立ち寄りました。

漢方健康法【沈香】

日本の歴史に刻まれている、聖武天皇を魅了したと言う、お香(沈香)台湾では、緑のお茶や、花々だけでなく、数千年前から伝わる香木健康法が未だに伝授されています。

母から学んだこと

今更ですが、この歳になって、初めて感じる一期一会の侘び寂び…言葉の意味…

母の口癖は、この時間は二度とは巡って来ないね、今の時間は、一度っきり…と、言う

言葉の奥深さ、重さをひしひしと、感じています…

私の母は、早くで母親を失いました。出産で母親は無くなったと聞いています。

幼かった母は、庭先で「お母さんを行ってらっしゃいと送ったという」、最後の姿を良く覚えていると時々、話していました。

母は、人の突然の別れの虚しさを痛いほど知っていました。

だから、母は、この一瞬の大切さを、私に伝たくて、今、できる最高のおもてなしをてくれていたんですよね。

本当に、健康について、考え祈っていた優しい母でした。

最後に(おまけ)兼高かおるさん・旅は女性を輝かせる

母は、香りが好きな私に兼高かおるさんの「言葉」を良く話してくれました。

自分の目で見る事に、勝、実感はない、正しいと言うものは一つではない…

旅は女性を輝かせると、兼高 かおるの言葉を教えてくれました。

母は、私にも香りで世界を巡る旅を進めていました。

母は、父が健在の時良く一緒に旅行に行っていました。

一人になった晩年も、弾丸トラベルで、子や、孫を誘い、料理の食材の乾物と、お茶を買いに、台湾にいに行っていました。

今回ご紹介しました旅の記録は、2015年に母が、老人性貧血症(骨が折れやすくなり)が判明して、療養を兼ねて家族で行った旅の紹介でした。

そして、最後の日の早朝もいつもと変りなく、お茶湯で人々の健康を祈り、その日の3食は自分で食事を作り、90歳で天命を全うしました。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

Google検索:兼高かおる 世界の旅 オープニングを聞きながら♪

今夜、緑の好きな皆さまが、「素敵な夢の旅」ができますように…

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